4分割目ー。

4つにわける必要が何処にあるのかとか。
訊いてはいけません(えー)。
そんな感じで、「― Your teardrops. ―」。
4分割目ってーか、最後の切れ端にて(平伏)。
あ、最後に軽くオマケ付きです(えーえー)。








火傷した口を押さえて慌てて台所へ駆け込んでいる間に、満足したのか落ち着いたのか、彼女はゆっくりと、でもってちゃんと熱さに用心しながらうどんおじやを食べ始める。


「……ん。思ったより美味しいねこれ」
「あー、それはなによりです……」


まだひりつく舌を出したり引っ込めたりしながら、自分で持ってきたミネラルウォーターをゆっくりと口に含む。明日から二日ほどオフになっているとはいえ、咽喉まで火傷しなかったのは声のお仕事をしている身には、不幸中の幸いだ。


「てかゆかりさん、ちゃんとクッションの上に座った方が良いですよ、冷えますから」
「大丈夫ー」


ホントですかーなんて返しながら、安心するのと同時に何だか寂しいような気持ちに襲われ、空いた方の掌を何となく握ったり開いたりしてみる。ほんのついさっきまで、彼女の瞳から溢れ続ける雫を受け止めていた筈のそれは、調理や後片付けの為に使われた今となっては、その温もりさえそこに留めてはいない。
なんて。
一体、何考えてるんだろ。
彼女には気付かれないよう、胸の奥でそっと溜息を吐く。
心配していたほど、身体の方も具合悪い訳じゃなさそうだし。
彼女は、いつもの調子を取り戻しつつある。
突然押しかけたことにも、お咎めは無さそうだし。
良かった、本当に良かったんだって。
それだけで良い。
良い筈、なのに。


「奈々ちゃんは?」
「え? はい?」
「お腹、空いてないの?」


鍋の中身を半分ほど消化した辺り、そろそろ満足したらしい彼女がこちらを振り返って訊ねてくる。けれどもリビングの間接照明が逆光になって、その表情は伺えない。


「んー、あんまり。今日はお菓子とか食べ過ぎちゃいましたし」
「お菓子? なんで?」
「ええと……。あ、それで思い出しました」


表情の見えない彼女と視線を合わせているのが何となく居心地悪くて、目を逸らしたその先には、テーブルの上に出しっ放しだった紙袋。今日ここへくる口実にしたことすらすっかり忘れていた自分に苦笑する。


「と、いうことで、これはゆかりさんに」


紙袋を手に提げて、リビングに移動する。小首を傾げていた彼女の視線が、ローテーブルに置かれたそれに釣られて動く。


「何? これもお菓子?」
「ええ、でもって、お返しです」


なになに?って呟きながらスプーンを置いた彼女の目の前で、紙袋から中身を取り出してみせる。淡いピンク色の箱に白い蓋、その上からレース風の目を打ち出したペーパーが被せられ、ベージュのリボンでお洒落に飾られている、シンプルだけれども可愛らしいパッケージ。


「今日、ホワイトデーじゃないですか」
「え?」
「バレンタインに凄く美味しいチョコ頂いちゃいましたから。そのお返しです」
「え? え? なんでなんで? あの日ゆかりも奈々ちゃんから手作りのお菓子貰ったじゃない。あれでおあいこじゃ無かったの?」


慌てたように箱と私を見比べて、えー、ともう一度彼女は呟いた。


「でも、ほら、CD頂いちゃいましたし、先月」
「や、あれは奈々ちゃんのEPへのお返しだよ?」
「アルバムとEPじゃ、ゆかりさん大損じゃないですか。それにあれ、DVDも付い
てましたよ?」
「何それー」


口ではいつもどおりのやりとりを続けながらも彼女の視線はずっと小箱に釘付けで、しかも見え難いのか細められたままで、ちょっと苦笑する。


「えーと、ゆかりさん、見辛いんなら眼鏡掛けた方が」
「えー、やだそれは何となく」


即座に返しながら、ついには箱を手に取って、目の高さまで持ち上げながらまじまじと見つめ始める。


「あの、開けても良いですよ?」
「……それもなんか悔しいな」
「何でですかーっ」


彼女は時々、なんでこんな所でという場面で「悔しい」って言葉を口にする。負けず嫌いな彼女らしいのだけれども、そう言われる度、ひどく居心地の悪い思いにかられてしまうのは何故なのだろう。


「開けたいけどなー……悔しいなー……」
「ですから、それもうゆかりさんのものなんで。開けて良いですってば」
「ちぇー」
「だから、何でですかーっ」


心底悔しげに舌打ちまでしてみせながらリボンを解き始めた彼女に苦笑いしつつ、居住まいを正す。気に入って貰えると良いな、って思いながら散々考えて選んだ時の気持ちを思い出すと、そうしないでは居られない。


「……ん?」
「どうですか」


蓋を持ち上げ、やっぱり見づらかったのかずいっと顔を近付けて暫く中身を見ていた彼女は、お、なんて声を上げながらこちらを振り返る。


「なになにこれなに?」
「フルーツケーキが入った焼き菓子だそうですよ」


驚きに目を瞠っている彼女に笑いかける。
箱の中には小さな鳥を象った焼き菓子が一つと、小袋に入ったピンクと白のハート型のマシュマロ、それにフルーツ入りのミニチョコが、敷き詰められた細切りの緩衝材の中、巣篭もりよろしくちゃんと収まっていて、慌てて走ってきた時に振り回したりはしていなかったらしいことを今更確認して、こっそりほっとする。


「焼き菓子なんだ」
「ええ。あ、確かまだちょっと日持ちしますから、急いで食べなくても大丈夫ですよ」
「へええ……」


お互いの新譜が発売になって、ずっと重なっていたプロモーション活動さえ無くなって、この次はいつ逢えるのか分からない状態で始まった、3月。
番組改編期なこともあって、共演作すら無い今期は本当に、約束無しでは逢えなくなるのは確実で。だから、出来るだけ日持ちのする、でも、ちゃんとホワイトディらしいものを渡したいと、そればかりを考えて。もしかしたらこれが、最後の贈り物になるかもしれない、そんなことまで考えて。
けどでも。
心底驚いたように、そして感心したようにそれに見入っている彼女の嬉しそうな横顔を見ていたらそんなこと、もうどうでも良いか、ってやっと思えた気がする。


「それじゃ、ゆかりさん」


すっかり見入っている彼女に満足して、でもまだほんの少しだけ切ない胸の内には気付かない振りをして、ゆっくりと腰を上げる。


「え? なに? もう帰っちゃうわけ?」
「ええ、今ならまだ電車もありますし」


ちらり、と壁時計を見上げる。最終電車にはまだ若干余裕がある時間を示している。


「なんで? 奈々ちゃん明日お仕事?」
「いえ、オフなんですけど明後日、ちょっと遠出する予定があるんで。朝からその準備とか。それに、」


引きとめられているのかな。
それが反射的な、深い考えのない言葉だとしても、ちょっと嬉しい。
けれども、だから余計に甘えるのもどうかなって気持ちもあって落ち着かなくて、空の紙袋を引き寄せ、膝の上で小さく畳む。


「お渡ししたいものも無事お渡しできましたし、お約束どおり、退散します」
「お約束どおり……?」


言い掛けた彼女の顔が少しだけ曇る。ああ、余計なこと言っちゃったかもって、少し後悔する。


「あの、急に押しかけたのは私ですから。気にしないで下さいね」
「そりゃそうなんだけどさ……晩ご飯作らせてお茶も出さないで、こんなものまで貰っちゃって、ゆかり、なんか凄い酷い人みたいじゃない?」
「や、ですから、それは予定無しに押しかけた私が、」
「奈々ちゃん」


遮る彼女の声が、酷く低くて。
思わず言葉ごと息を飲む。
彼女の視線が真っ直ぐにこちらを見据えている。
はっきりと見えないことを補う為細められたその眼差しは、そうと分かっていても胸に突き刺さるくらい鋭くて。
やっぱり何か間違えたんだと悟り、項垂れるようにしてその視線から逃れる。


「……すみません」
「なんで、謝るの?」


固い、感情の読めない彼女の声が耳を打つ。


「奈々ちゃん、ゆかりに何も悪いことしてないよ? なのになんで謝るの?」
「ええと……」


まずい。
分からない。
彼女の本気の不機嫌の理由が。
これまで聴いた事がない位、静かで鋭い声の理由が。


「……ていうか」


ことん、と軽い音がして、彼女の手からローテーブルへと小箱が移されたことを知る。逸らした視線の隅の方、彼女のパジャマの裾から小さく覗く足の指先が見える。綺麗だな、なんて場違いな事を考えている頭の上に、呆れたような溜息が降り注ぐ。


「お礼ぐらい言わせて欲しいんだけどなー」
「……は、」


聞き返そうとした声は、目の前に迫った何かに阻まれて口から零れ落ちることは無かった。






暖かくて柔らかな生地の感触が顔中を埋め尽くして、それがひどく暖かい事に気付いて軽いパニック状態に陥る。


「ゆ、ゆゆゆゆゆかりさん?」
「つか、お返し? やられっ放しってなんか、悔しいからさー」


なんの、とは問い返せない。自分の頭を包み込んでいるのが、彼女のぶっかぶかなパジャマの生地に包まれた腕と体温だと気付いてただひたすらにうろたえる。


「……ちょっと、助かっちゃったのも事実だし」


ぼそり、と低い声が降って来て、頭を包み込んでいる力が強くなる。


「ありがとね」


その言葉と声の思い掛けない優しさに。
体中に張り詰めていた力が、抜け落ちる。
膝から落ちそうなくらいに脱力しかける。


「な、奈々ちゃんっ?」
「わ、す、すみませんっ!」


ぐらりと傾いだ身体に引き摺られて彼女の体が覆い被さってくる。慌てて足を踏ん張って受け止めたそれを、両腕にしっかりと抱き締める。


「ちょ、ちょっと、気が抜けちゃいました」
「なんでー」
「ええと……ほっとして?」


なんで疑問形?、なんて呟いた不機嫌そうな彼女のいつもの声に、改めて気が緩んだのか、こみ上げてきたものを堪えることが出来なくなって。


「……奈々ちゃん……そこ、笑うところかな?」
「す、すみません……」


彼女を抱き締めたまま、ひたすら、声を上げて笑い続けてしまった。






その後は、うどんおじやの残りを温めなおして一緒に食べて。
日持ちがするから良いですよ、って言ったのに今食べるって聞かない彼女と一緒に、小鳥のフルーツケーキも頂いて。
目玉は粒胡椒だって言ったのに齧ってしまって涙目になった彼女に大騒ぎして。
結局、気付けば終電を逃す時間になってしまって、タクシーを呼ぶ事になって。


「泊まっていけばいいのに」
「駄目ですよ、ゆかりさん、明日もお仕事なんですから」


玄関先で、彼女のふくれっ面に笑いかけながら、ブーツの紐を締める。


「他人が居たら安眠出来ないでしょ? ちゃんと休んで下さいね」
「えー? 別に奈々ちゃんだったらゆかり、構わないのにー」


不満げに零された言葉は既にいつもの調子で、多分深い意味はないのだろうけれども、嬉しくなってしまう気持ちは止められない。それくらいは、良いかな、と思う。
もしかしたら、彼女の家を訪れるなんて本当に、もう、これっきりになってしまうのかもしれないのだから。


「え、と。それじゃ、帰りますね。ゆかりさん、ライヴも近いんですから、ちゃんと治して下さいね。あ、あと、あんまり辛かったらちゃんとお医者さんにも行くように」
「わーかってるってー。奈々ちゃんホントに心配しすぎー。おかーさんみたいー」
「お、おかあさんっ?」


吃驚して見上げた彼女の顔は、確かに酷く子どもっぽいふくれっ面で。
逆光に影が差すその表情がなんだか、見捨て難いようにも見えて。


「……このまま私と暫く逢えなくなったりしたら、ゆかりさん、寂しいですか?」


思わず口走ってしまってから、なんてことをと慌てて口元を抑えたけれども、もう遅い。
彼女のきょとん、とした顔に、居たたまれない気持ちと熱が頭に一気に上がり、慌てて顔を逸らす。


「あ、いえ、その、すみま……」
「……寂しいよ」


思い掛けないくらい穏かな調子で零されたその言葉に、最初は聞き間違いかと思い。
恐る恐る見上げた彼女は、けれどもやっぱり、とても静かな顔をしていて。


「……ゆ、ゆかりさん?」
「で、ゆかり、明日局に行くんだけど打ち合わせに、午後から」


呆然としていたら、あっという間にその声も表情もいつもどおりに切り替えてしまった彼女がずいっと、顔を近づけてくる。


「奈々ちゃんはその時間、どこにいるのかな?」
「え? あ、あの、多分、まだ家にいるんじゃないか、と」
「じゃ、お茶しよう。勿論、ゆかりの奢り!」
「は? え?」
「時間あったら出てきてくれないかなー? 駄目かなー?」
「あ、ええと、その、」


少し身を屈めるようにして見下してくる彼女の目は、まだ少しだけ潤んでいて、でも、とても楽しそうで、逸らせなくて。


「……駄目じゃ、ないです」


頷かないわけには、いかなくなる。


「おっけー。あ、そろそろタクシー来る頃じゃない? じゃ、また明日ねー」
「あ、はい、また明日」


にこにこと手を振る彼女の言葉に背中を押されるように、そのまま玄関を出て、気が付いたら外の通りを歩いていた。






ふらふらとした気持ちで歩きながら、表通りへの角を曲がる前に、何となく振り返った視線の先、彼女の住む建物は勿論、真夜中の空気の中静まり返っている。
そのどこに、彼女の部屋があるのかも分からない様子だったけれども。
その後、何となく見下ろした自分の掌には、幻みたいな感触だけが幾らか残されているだけだったけれども。
気付けば、ジャケットの胸元にほんの少し滲む色があって。
さっきまでの時間が幻でもなんでもなかった事を教えてくれる。
まだ肌寒い春先の夜風の中、彼女がくれた次の約束が胸の奥を暖めてくれていることに、馬鹿みたいに頬を緩ませながら。
私は、小走りに、表通りへと急いだ。








― 了 ―











はっぴーらっきー♪(どんどどんどどん♪/ヲイ)
この画像はクリックで大きくなりますです…筈です…(何々)。
ちなみに本日の一枚の方とは違う画像なんですが。
あちらはクリックしても大きくなりませんです(何々々)。
ちなみに、関西のお菓子屋さんのホワイトディ限定品なので。
間違ってもお二人が手にした事実は御座いませんかと。
てか、元々、2.5次元ですから!から!(何を必死に)




つか。
今回の小話。
ホワイトディ用と言ふよりは。
何だかエイプリルフール用っぽくなった気が。
ええ、時期的にも内容的にも(逸らし目)。






追記:23時頃にあちらこちら書き直ししました。
でも多分、後からまた色々直したくなりそうな気がs(蹴倒