3分割目ー。

実は今回はちょっと。
文体をいつものアレにしてみました。
いつものアレが何か分かっちゃった方がいらっさいましたら。
こっそりと挙手願いますです。
ええと、何もお返し出来ませんですが(えー)。
そんな感じで、「― Your teardrops. ―」。
3分割目でありますです。










泣きじゃくる彼女を抱えたままリビングに移動して、静かにソファに腰を下す。
声を殺すようにして泣き続けるその身体を、出来るだけ優しく包み込む。
いつもなら見下ろすことなんて出来ない彼女の頭だとか髪だとかが酷く近くにある。
けれどもこの胸はどきどきするよりもむしろ酷く痛くて、ただ静かにそれらを撫で下し続ける。
どれだけの時間、そうしていたのかは分からない。
しゃくりあげる度に彼女の肩を抱き締め、思い出したように時折横に振られる頭を撫で擦る。ずっとずっとそんな事を繰り返し続けている内に、穏かに波が引くように彼女の嗚咽は徐々に納まり始める。そうして静かになった彼女の閉じられていた両腕がゆっくりと開いて肩を押しやるように動き、その身体が離れていく。
俯いたままの彼女の顔はまだ、見えない。覗き込みたい気持ちをぐっと抑えて目を逸らした先、ローテーブルの上に置かれたティッシュボックスに手を伸ばすと、視線の代わりにそれを彼女の目の前に差し出してみる。


「……おなか、空いた」


ボックスを受け取った彼女が、泣き疲れて掠れた声で呟きを零す。


「はい、今直ぐ仕度しますね」


ほっと息を吐き、何事も無かったように応えて立ち上がろうとしたけれども、服の裾を強く引かれてそれは果たせない。


「ゆかりさん……?」
「服……」


半立ちになった位置からは彼女のつむじしか見えなかったけれど、その視線が胸元に向けられている事は分かったから、ちょっとだけ声をたてて、笑ってみせる。


「大丈夫ですよ? これ、丸洗い出来る素材ですから」
「…………」


くぐもった小さな声が、しゃっくりみたいにその唇から零される。どんな言葉だったのかは聞き取れなかったけれども、ただ彼女に安心して欲しくてその髪をもう一度だけ撫で下し、その手が離れたことを確認してから、キッチンへと戻る。
脱いだジャケットを椅子に引っ掛け、シャツの袖を捲り上げて、流し台に向う。
インスタントというか、火にかけて温めるだけの鍋焼きうどんの濃縮出汁を別の小鍋に空け、水を十分に足して、流しの下からちょっと拝借したお砂糖とか料理酒とかを使って味を調え直す。そこへ刻んだ生姜や葱やレンジでチンした白ご飯とかを放り込んで軽く煮立たせ、更に本来の具であるうどんとかお揚げさんとか乾燥葱とかを入れて更に煮込み、仕上げに軽く溶いた卵を回し入れれば、出来上がり。
風邪引いて熱出した時なんかに良いよって、仕事仲間の誰かが教えてくれて以来、密かに大活躍しているレシピだ。


「出来ましたよー?」


何となく振り返るのが躊躇われて、背中越しに声だけ掛ける。他に適当な器が見当たらなかったからラーメン丼をお箸とかと一緒に勝手に拝借して、トレイに載せる。膨張気味の中身で一杯の鍋も、零さないようにトレイに一緒に並べた所で、恐る恐る振り返ると、ソファの上で膝を抱えた彼女が、毛布に包まってじっとしているのが見える。
多分、一人の時からそうしていたんだろうその姿に、思った以上に胸が酷く痛むのを感じながら、黙ってトレイを捧げ持ちつつリビングへと戻る。
気配に気付いた彼女は、少しだけこちらを見やる素振りを見せた後、足をソファから下ろす。緩やかに波打つ髪に邪魔されて、その表情は完全に見えなくなる。
髪型、少し変えたんだ。いつ変えたんだろう。そんな事を頭の片隅で考えながら、彼女の前にトレイを置き、出来るだけにこやかに微笑みかける。


「熱いんで、そっと食べてくださいね」
「……ん」


やっぱり濁点が付属したままの声で短く答えると、彼女はソファを降りて床に直に座り込む。冷たくないですか、と尋ねても同じような短い生返事が返るだけ。ここは好きなようにさせるべきかな、これ以上お節介は良くないかな、なんて思いながら、キッチンへ戻ろうと踵を返しかけたら今度は、着ているシャツの裾を掴まれて、ちょっとだけつんのめる。


「な、なんです? ゆかりさん」
「これなに?」


コンタクト無しだから多分、良く見えないのだろう。鍋の中身を覗き込んだ彼女の不信感に満ちた声にちょっと笑いながら身を屈める。


「『うどんおじや』です」
「なにそれ。お粥じゃなかったの?」
「ええと、味つきでも具入りでも構わないってことだったんで、これの方が良いかなあと」
「ゆかり、こんなの食べたことないよ?」
「大丈夫です、変なものは入れてませんから」


えー、と濁点付きの呟きにまた笑いがこみ上げる。


「笑うなー」
「すみません」


いつもと違って力のない言葉をいつものように力なく投げつける様がなんだかいつも以上に可愛らしく見えて、自然に頬が緩む。恐らくそう思われていることに気付いているのだろう、彼女はますますむぅっとなる。


「じゃ、毒見して?」
「……はい?」
「自分で食べられないもの、まさか薦めないよね?」


ちらっとだけこちらを向いた彼女の目元はまだ、ほんのりと赤い。
それには気付かない振りをして、えー、と私はわざと目を逸らす。


「大丈夫デスヨ? 美味しいデスヨ?」
「うっわ、嘘くさい」
「いやいやいや」
「良いから」


むくれた顔のまま、彼女はお箸と一緒に添えておいたスプーンでひと匙掬うと、それを突き出してきた。


「ほら」
「……ええと……?」


差し出されたスプーンと、彼女の仏頂面が、酷く近い。
コンタクトもメガネも装着していない彼女には、そうでもしないと見えないのだろう。
でも。
これは。
さすがに、ちょっと。


「奈々ちゃん?」
「あ、えと、はい」


ほれ、と揺すられたスプーンに無理矢理意識を集中して。
しょうがないですねーとか呟きながら、思い切ってそれを口に咥えると。


「……!!! ぅぁぁぁあああぁぁぁっつぅぅうぅぅっっっ!!!」
「あー、やっぱりー」


泣き腫らした目と頬はそのままに、いつもの調子を取り戻しつつある彼女が面白くもなさそうに、けどでも、どこか満足そうに、呟いた。