2分割目ー。

概ね書いてた時期別とかで。
テケトーに分割?(何故疑問形)
そんな感じで、「― Your teardrops. ―」。
2分割目でありますです。










パジャマ姿の彼女がゆっくりと歩く、その後を同じくゆっくりとついていく。


「近くまで来た、ってメールあったから待ってたのに、なかなか来ないし」
「す、すみません……」
「玄関まで出て外覗いたら、なんかドアの前でごそごそしてる変な人いるし」
「……っ!」


どこから見られていたんだろう。恐ろしくて訊けない言葉を飲み込みながら、キッチンのテーブルの上に持ってきたものを置かせてもらう。途端に、彼女が胡乱げに振り返る。


「で、なに持って来てくれたの?」


お化粧を落とした状態で、長い髪も下したまま。その上、暖かそうな生地のぶっかぶかサイズのパジャマを身にまとった彼女は、これまで見たことが無いほどのプライベートモード全開状態で、いつもとは違う感じに不機嫌そうだ。ただ、どこがどう、とは言えないのだけれども、何故だろう、いつも以上に刺々しい言動を見せながら、その距離の取り方はいつになく近い。そんな気がして、不謹慎にも胸をどきつかせながら持ってきたものを確認する振りをしてみる。


「ええと、取敢えず、お水とかビタミン補給系のスポーツドリンクとかサトウのご飯とか葱とか生姜とかのど飴とか」
「ちょっと待ってちょっと待って。それ持ってきたくてわざわざ今日を指定したわけ?」
「や、さすがにそうじゃないですけど、」


スーパーの袋から中身を並べ出しつつ、もう一つの手荷物にちらり目を走らせてから、台所お借りしていいですか、って続けたら彼女の眉間の皺が深くなる。


「なにすんの?」
「おなか空いてたりしませんか? お粥でも作ろうかと。あ、ゆかりさん的には味ついてて具が入ってる方が良いですか、こんな時は」
「おなかは空いてるしおかゆは味ついてても具があってもなくてもどうでも良い、けど」
「じゃ、少しだけ待っててください。あ、後、気分悪いとかは無いですか?」


さっき近いと感じた距離に踊る胸が、そうさせたのだと思う。
どうでもよさ気にぼんやりしている彼女の額に、断りも無くそっと手を伸ばす。
びくり、と身をすくませた気配にも構わず触れた額は、ちょっとだけ、でも確かな熱を帯びている。


「……ゆかりさん、もしかして熱、ありません?」
「……あったらなに?」


俯き加減になっていた彼女の潤んだ目が、睨むようにして見上げてくる。


「ええと、水分取りながら暖かくして待ってて下さい?」
「なにそれ」


むう、と細目のままむくれる様子をみて、更に気付く。


「ゆかりさん、コンタクト入れてませんね?」
「だったらなに?」
「や、ええと」


どうもさっきから同じようなやりとりを繰り返している気がして何だかおかしくなってくる。でもここで吹き出したりへどもどしたりしたらきっと、確実にご機嫌を損ねるだろうから、お腹に力を込めてぐっと堪え、さっき取り出したスポーツ飲料を常温のまま、手渡してみる。


「ともかく、これ飲んで、暖かくして待ってて下さい。お粥食べて風邪薬飲んだら早目に休みましょう」
「あー……お薬はもう飲めないかな……さっき、花粉症の飲んじゃったし」
「あ、そうなんですか」


投げ遣りに呟いた彼女の様子に溜息をつく。
いつになく無防備でぼんやりして見えるのは多分に薬のせいなのだと合点がいって、ちょっと肩の力が抜ける。


「じゃあ、お薬は無しの方向で。ともあれ体、あっためましょうよ。てか、ゆかりさん、そんな格好で本当に寒くないんですか?」
「ないよ」


ほんとかな。そう思ってもう一度、今度は頬に手を伸ばす。彼女も、今度は逃げなかった。右の掌に包み込んだ頬は少し熱を帯びていて、柔らかい。疲れているのか少しだけ濃い影の差した目の下が痛々しく見え、思わず親指で撫でると、彼女はぎゅっと瞼を閉じる。その反応を見てやっと、我に返る。


「あ、す、すみませんっ」
「……」


慌てて謝ったら、またもや、なに?って言いたげな目で睨まれる。その瞳がさっきまで以上に酷く潤んでいることにどきどきしながらも見入ってしまった時。
こちらを睨み上げているその眼差しが、一瞬、強く揺れて。
見開いたままのそこに、じんわりと滲み出すものがあって。
驚く間もなく、零れ落ちたそれを追う様に、彼女の瞼が静かに落ちる。


「……ゆかりさん……?」


綺麗な軌跡を描きながら幾つもの雫が零れ落ち、彼女の頬を包む手に次々と触れてくる。静かな表情のまま眼を閉じた彼女の顔から魅入られたように目が離せない。
どうしたんですか、と口にし掛け、けどでも、何故だか声には出来なくて、ただ、空いた方の手を彼女の反対の頬にゆっくりと添える。
彼女の流れ続ける雫は暖かく、両手を濡らし続けていく。
嗚咽すら零さないまま彼女が流すその熱が、掌伝いにこの胸に染みこんでゆく。
何かあったんですか、とか、大丈夫ですか、とかなんて、彼女のためには何一つ役に立たないまま咽喉元につかえた言葉たちを、溶かしてゆく。
溢れ続ける彼女の雫がただただ切なくて、そうっと静かに掌を滑らせ、彼女の頭を抱え込むるように抱き締める。
胸元に収まった彼女は一度だけ小さく身じろぎ、それから、やっと、堰を切ったように、低い嗚咽をその唇から、零し始めた。