3分割目ー。

ラストです。
やっぱ終盤は相変らずな感じです(えー)。
てか、勿論今回もエrは無いです(えーえー)。




― Your tenderness. 3 ―












Your tenderness. 3











何で、奈々ちゃんまでそんなにぐったりしてるのかな。
取敢えず、お陰様で胸のもやもやも視界のぐるぐるもかなり治まっている。
二人して洗面で確りと手を洗った後、私はうがいを済ませ、その間にあの子は「お水とか貰って良いですか」とか律儀に断ってから冷蔵庫を開けて、その辺に仕舞っていたマグカップを二つ出してきて、ミネラルウォーターを二人分用意してくれた。
「ゆっくり飲んでくださいね」なんて言われながら口にしたそれが、咽喉を落ちて行く冷たい感覚が物凄く気持ち良い。


「飲み過ぎると良くないですよ、気をつけて」
「はーい」
「ほんとはミルクのが良いんでしょうけど……咽喉、大丈夫ですか?」


心配そうに見上げてくる視線に、こくん、と頷いて空になったマグカップをテーブルに置く。私たちのお仕事は声のお仕事だから、咽喉は確かに大事にしなきゃなんだけど。


「大丈夫。焼けたりしてないよー」
「なら、良かったです」


ほっとしたように息を吐くと、あの子もマグカップをそっとテーブルに戻した。確り者だなあ、と思う反面、ちょっと心配性過ぎるなあ、とも思う。


「奈々ちゃん、心配し過ぎ」
「は? え?」
「ゆかりも、子どもじゃないし」
「あ、ええと、すみません……」


それこそまるで叱られた子どもみたいに視線を落とすあの子に、しょうがないなあ、って思う。


「……っ! ゆ、ゆかりさん?!」
「奈々ちゃんは案外、子どもだねー」


撫で撫で、そんな風に、あの子の小さな頭で掌をゆっくりと動かす。怒るかな、と思ったけれども寧ろ、真赤になって困ってしまった。ああ、何だか私、困らせてばかりじゃない?


「そこがまた、可愛いんだけど」
「か…っ!?」


さっきまでの確り者の面影を何処に置き忘れてきたのか、あの子はひたすら慌てふためいている。くるくるとおどおどと居場所が定まらないくるりとした目が何だか凄く、愛らしい。


「ありがとねー、ホント、助かったー」


だから、素直に言葉にして呟くと、もじもじしていたあの子の動きがぴたりと止まった。


「……奈々ちゃん?」
「いえ、あの……すみません」
「何で?」


何でそこで謝るのかな。思わず私も掌の動きを止めたら、そのままするり、っとあの子は身を翻して立ち上がった。


「洗面、お借りしても良いですか?」
「あ、うん、どぞー」


なあんだ、とちょっとほっとする。さっきのは、洗面を借りる為の言葉だったのかな。
自分の鞄を手に洗面へと急ぐあの子を背中を見送ったけれども、それが何だかさっきまでよりもずっと小さく見えて。


「……何なのかな」


もう気持ちが悪い訳じゃなかったけれども、胸の中が少し、もやもやっとなった。







困った。
あの子は思った以上に頑固者だった。


「だからね、別にいいじゃん一緒でも」
「や、駄目ですよ、私寝相良くないですからっ」


今日はもう遅いからお風呂とかシャワーとかしちゃうとご近所迷惑かなあってそっちは我慢して貰って、取敢えずお着替えだけは貸してあげて。それでもかなり強硬に固辞されたけれども何とか押し付けるのに成功して。
でも、最大の難関がその先には待ち構えていた。


「だからってソファはあんまりじゃん? 寒いし身体に悪いし」
「平気です。私、頑丈ですから」


確かに、見た目に反して相当タフな体力の持ち主なのは知ってる。こんな小さな身体で武道館だのドームだのを満員にして縦横無尽に走り回って何時間もステージをこなすんだから。でも、だって、それでも。


「そっか」


あんまり遠慮が過ぎるので、ちょっと面倒になってきた。


「分かった、奈々ちゃん、ゆかりと一緒に寝るの嫌なんだね」
「え? あ、あのっ」
「日記とか見てるとさー、結構色んな人と旅行行ったり雑魚寝したりしてるよね。なのに、ゆかりとだけはそんなに嫌なんだ」
「ちょ……っ、ま、待って下さい、そうじゃなくてっ」


慌てるあの子をじっと見据える。口をぱくぱくさせて何か言いたげだけど、ホント、面倒だなあって思う。


「分かったよ。じゃあ、ゆかりがソファで寝るから。それで良いんじゃん?」
「な、何でっ!」


良くない良くない、とぶんぶん首を左右に振るその姿は可愛いんだけれどもな。困り果てたあの子をまじまじと改めて観察する。
人当たりが良くて、誰に対しても礼儀正しくて真面目な子。割と誰とでもそつなく付き合ってそうに見えるのに、何でかな、時々、私に対してだけ物凄く頑なに見える時がある。たとえば、今みたいな場合とか。
遠慮も何も無いのにな。さっき、私が面倒見てもらったことなんか、冷静に考えたら物凄く大変な事だし。あの時は、ホント、カッコいいなあとか思ってしまった位、冷静で落ち着いてて、しかも優しかったのに。


「奈々ちゃんさあ、やっぱ、ゆかりの事、嫌いでしょ?」


そうでなくても多分、苦手なんじゃないのかなあ、ってちょっと思った。
一緒のお仕事の時は、いつも傍に居てくれるし、今共演してる作品の中ではキャラ同士がとても想い合ってるから、役に物凄く思い入れるタイプのあの子は時々、コメントとかで物凄く私が演じてるキャラの事愛してる、みたいな発言もしてくれてるから、ホント誤解しそうになるけど。素に戻って冷静に考えると何だか、他の人に対するよりもちょっと引き気味なのかなあって思える態度がいつも見え隠れしてるし。


「無理しなくて良いよ。奈々ちゃん、優しいから今日だって私のこと、ほっとけなくて付き合ってくれただけだったんだよね」


だから、言葉は止まらなくなる。
何度か言い返そうとする素振りを見せていたあの子の目が、じわじわと伏せられる。
ああ、もう、何だか、とてもとても、面倒になってきた。
何でこんな風に私、ぐるぐるしてんだろう。
不意に、もやもやがまたぶり返す。
そうだ、何処か変なんだ。
この子と居ると、調子狂うことが多い。普通だったら、自分の調子を掻き乱すようなこんな面倒なタイプの子には最初から近づいたりしないし、お仕事で一緒になること多いからって気に掛けたり近寄せたりしない。
だから、言葉にしてしまったせいで、気付いてしまった。
あの子の優しさとか、好意とか、多分きっと苦手なんだろう私にさえ向けてくれるそういう暖かい気持ちとか態度とか、そういうのを、いつの間にか、お仕事とは別の次元で受け入れてしまっていたんだってことに。


――なんか、悔しい。


「……無理、なんかしてないです……っ」


ぼんやり、そんな事を考えて、馬鹿だなあ、なんて結論に達しつつあった私の耳に、これまで聴いたことないようなあの子の声音が届いた。
顔はまだ、伏せられたままで、表情は少しも見えなくて。
でも、こんなに苦しそうな、切なそうな声は。
演技でも、普段でも、聴いたこと、無い。


「でも……ごめんなさい、確かに、ゆかりさんの気持ち、少しも考えないで、勝手ばかりしちゃってました」
「……奈々ちゃん?」
「ゆかりさんのこと、心配で心配で、でも、結局私のしてることって、押し付けがましいことばかりですよね。はは……なんか、今更ですけど、ほんと、申し訳ないです」


ぎゅっ、と、固められた拳が膝の上で震えていた。私の室内着だとやっぱりちょっと丈とかが長くて、子どもみたく伸びた袖がその拳を半分くらい覆っているのが何だか可愛らしいな、と、私は現状には本当に無関係極まりないことをぼんやりと考える。


「こういうの、ほんと、今夜限りにしますから。だから、私がゆかりさんのこと、嫌ってるとか、そんな風に思うのだけは……っ」


不意に、あの子の語尾が強く揺れて、ぼんやりと見とれていたその拳の上にぱたり、と何かが落ちる。


「な、奈々ちゃん……?!」
「………っ!」


吃驚して差し伸べた手の先で、あの子はいやいやをするように後ずさる。両の拳が俯き加減の顔上半分を覆い隠す。


「……奈々ちゃん」
「ご、ごめんなさい。やっぱり私、あっちで……」


そのまま、立ち上がろうとしたあの子の身体を、私は。
私は、広げた両手で引き止めた。
引き寄せた身体はやっぱり少し私よりも小さくて。
でも、私よりも暖かくて。
ああ、もう、って思った。
何でこんなに面倒でややこしくて、素直で優しくて、カッコ良くて情けないんだろう。こんなに小さいのに。


「奈々ちゃん?」
「…………」


私の腕の中で、凍りついたように身動き一つ取れないでいるあの子は、何だか小動物そのもので、少しだけ愉快になる。


「なーなちゃん?」
「……はい……」


胸元でくぐもったように、低くて小さな声が響く。
不意に、あの子が演じている少女のことを思い出した。
信じるものの為にただひたすらに懸命でひたむきで。そのせいで傷ついてぼろぼろになって。なんでそんなことまで、って、観ていて何度も思った。私が演じる少女が、彼女に手を差し伸べ、その世界から引っ張り上げるまで、ずっとずっと、もやもやし通しだった。
あんな風に見返りも期待しないでひたむきに誰かを求めたりは出来ないな、だって面倒だもん、なんてことをいつか私が話した時、あの子は、私はこんな風に誰かを愛したいです、と綺麗に笑ったっけ。
そういう愛情って相手からしたら結構、重くない?なんて返したら、あの子の笑顔が凄く曖昧になったことも……思い出した。


「……悔しいなあ」


何故か思わず零れ落ちた言葉に、腕の中のあの子が小さく身じろいだ。


「だって、嫌われてるのかもって思ったのはゆかりの方だよ? なんで奈々ちゃんがそんなに悲しそうなの?」
「あ……っ」


慌てたようにあの子が顔を上げる。くりっとした瞳がうっすらと赤い。


「なんか、ゆかりのが奈々ちゃんを好きみたいじゃない?」
「好……っ!?」



ばっ、と凄い勢いで身を引いたあの子を今度は引き止めなかったから、私はほんのりと上気したあの子の泣き顔をまじまじと目にする事が出来た。


「あ、ゆかり、嫌いじゃないみたいだよ、奈々ちゃんのこと」


物凄く他人事に聴こえるのは承知の上。だって、自分でもまだ、良く分からないから。


「ただ、奈々ちゃんがゆかりのこと、嫌ってたら、少しは悲しいかも」
「き、嫌ってません……! 嫌ってなんかいませんから……っ!」
「了解ー」


恐ろしく真剣に頭を振るあの子に、私は笑顔を向ける。


「分かったから、だから、ほら」


ぽんぽん、と、掛け布団を捲り上げたベッドを軽く叩く。


「こっち来なさい。大人しく」


小首を傾げながら誘うと、あの子はほんのちょっと眉の下がった、何処か情け無さそうな顔になった後、諦めたように小さく頷いた。






部屋の灯りを落とすと、何だか外の音が遠くから響いてくるのが急に分かる気がする。いつもなら、その音がいつまでも気になって眠れないけど、今日は別の音が入り混じっていて、それが何だか心地良い。


「……奈々ちゃん?」
「……はい」


微かな呼吸の音は、遠慮がちに私に背を向けて横になっているあの子のもの。小さいくせに真っ直ぐなその背中は、起きている時同様、カッコ良いけど何処か頑固で微笑ましい。


「今日は色々、ありがとうね」
「……いえ、却ってご迷惑掛けてしまって……」
「あー、もう、それは良いから」


苦笑する。


「奈々ちゃんが居てくれて色々助かったのは事実なんだから」


ちょっとまだ、悔しいけどね。
誰かの為にとことん一所懸命になれるこの子が。
自分には無い素直さとか頑固さとかカッコ良さを持ってるこの子が。
多分、私は、ちょっぴり苦手だけど、嫌いじゃないんだって分かったから。
ホント、悔しい。


「だから、困らせたくなるのかな」
「……はい?」
「あー、うん、なんでもない、独り言」


一番悔しいのは、私のこと、嫌いじゃないって言ったこの子が。
じゃあどんな風に私のこと、想っているのかがやっぱりイマイチ良く分からないこと。
次のシリーズでも共演することは決まってる。しかも今度は2クール。だからその内、その辺についてツッコんだり出来る機会もある、のかな。


「それじゃ、おやすみー、奈々ちゃん」
「はい、おやすみなさい……ゆかりさん」


おやすみの挨拶を交わした後、目の前に横たわる背中に向けて、私はこっそりと指鉄砲を突きつける。
どうせなら、魔法の方が良いかな、なんて思いながらばーんと心の中で撃ち放つと、私はそっと、目を閉じた。
二人分の熱を集めた布団はいつもより柔らかくて、とてもとても、寝心地が良かった。








― 了 ―













いやほんと。
思いついてしまったんだから仕方ないっつーk(SLB