それでも。

彼女は、彼女たちは。
望むのだろう。




そんな感じで。
以前、ミクシ日記の方でだらだらと。
言い訳めいた事まで書いてしまっていた、それが此れだったり。
ええ。
以前書いた「空飛ぶ夢。」、フェイトちゃんSide。
時間軸はなのはさんが目覚めるよりも、少し前。
後で手を入れたくなるかもしれません。
……が、某友人が、「ええんちゃう」とかさっくり言ふてくれたので。
晒し上げてみたり。
でもって、既に旧雑記でUP済みなのは此処だけnげふがふっ。
や、結構あちこち書き直しましたんですよー間違い探しするなら今でsがふごふっ。



前の「空飛ぶ夢。」を良かったと思って下さった方の。
期待を悪い意味で裏切るものぢゃないと良いなあと。
酷く気弱に思いつつも。
やっぱりこりがある意味己の中にある答えの一つ、かなあとか(何)。
そんな感じで。
よろしければ、続きからどうぞ(平伏)。


あと。
主はやてさんも結構、沢山出て参りますが。
己的には別に、はやフェイなつもりでは(期待って其処?!)。
















分かっていた。
分かってしまっていた。
彼女が一体、どんな状態なのか。
執務官補佐として様々な任務に赴く間に少しずつ得た知識と経験が。
彼女が重ねてきた無理や無茶の数々の意味を私に教えてくれていた。
それらが蓄積した結果としての、墜落と負傷。
その激しさと厳しさは病院に駆けつけるまでも無く、十二分に。
分かってしまっていた。
それでも、でも、もっととっくに、分かってしまっていたこと。


――彼女は、決して、諦めはしないということ。








空飛ぶ夢。― Side Fate. ―








誰もが、蒼白な顔をしてその場にいた。
地上部隊で研修中のはやてとリインフォースⅡ、二人を守護するザフィーラは言うに及ばず、本局勤めの筈のシャマルやシグナムの姿まであった。
そして、ヴィータは。
墜落の瞬間、なのはと同じ空に在ったという彼女は、日頃の姿からは想像もつかない程憔悴しきっていて、はやてに肩を抱かれてようやく待合のソファに座る事が出来ている、といった有様だった。


「フェイトちゃん……」


気配に最初に気付いたのはやはり、というかはやてで、私たちにすら滅多に見せない困ったような切ないような笑みを浮かべた顔を上げた拍子に、寄り添っていたヴィータの肩がびくり、と大きく揺れた。


「フェイト……」


ああ……と思う間も無かった。一頻り泣き腫らした筈の目にまた、盛り上がる透明な雫。駄目だよ、とは心の中だけで呟いて、視線を合わせる為にそっと跪きその肩に両手を伸ばす。


ヴィータは、無事だったんだ」


私が浮かべた笑顔を映し出すその瞳の虹彩が、瞬く間に広がる。


「良かった」
「……っ! ――なんで……っ」
ヴィータっ!」


はやてが制するのも間に合わず、その両腕が襟元を掴み上げてくる。


「なんで、そんな事……なんで……っ!」


怒りではなく深すぎる悲しみと自責に突き動かされて吼えるその眼差しを真正面から見つめ返す私の頭の片隅には、けれどもただ酷く冷たい風が吹き抜けるばかりで。


「……ヴィータまで負傷することになっていたら、なのは、きっと悲しんだと思うから」


その風の中、浮んだ言葉がそのまま、意識するよりも先に口から零れ落ちていた。


「……っ!」


息を呑んで硬直したヴィータと見詰め合っていたのはほんの一瞬。
私たちの間に割って入るようにして、はやてがそっと彼女の肩を抱き締め揺さ振った。


「フェイトちゃんの言うとおりや。ええから、落ち着き」
「……畜生……」


唇を噛み締め呻くヴィータに、胸の奥でそっとごめんと呟きながら、それでも私の感情はどこまでも冷え切っている。その事にほんの少しだけ滑稽さを感じながら立ち上がり、シグナムとシャマルの方に向き直った。


「桃子さんたち……なのはのご両親たちには?」
「先ほどリンディ提督が連絡を。少し時間が掛かりそうだが、お二人をこちらへお招きする方向で動いているとのことだ」
「なのはちゃんの手術は終了したわ。2時間ほど前に。今は集中治療室だけれども、容態は安定しているそうよ」


二人の落ち着いた返答に、思いの外張り詰めていたらしい気持ちがようやく少しだけ解けるのが分かって息を吐く。それに気付いたシグナムが真っ直ぐな眼差しを寄越し、シャマルが痛ましげに視線を逸らす。そんな二人には流石に笑顔を向けることが出来なくて、そのまま天井を振り仰ぐ。


「良かった……」


震える唇から零れ落ちた言葉はやっぱり酷く硬くて冷たくて。その事実に寒気にも似たものが背中を走るのを感じた。


本当は。
分かっていた。
いつも、何処かで分かっていた。
訓練校や部隊での研修、現場への配属と任務。
一緒に戦える機会はそうはなかったけれども。
目の当たりにしたその力の揮い方や伝え聞いた戦績。
あるいは彼女自身から聞かされる話の内容。
その全てに触れる内に、そのことに誰よりも気付ける場所に居たのは、私。
だから。
それが起きてしまった今。
誰の事をも責める資格なんて本当は、私には。
私には、本当に。


「……フェイトちゃん、大丈夫か?」


考え込んでしまっていた時間は間違いなくほんの一瞬。
けれども、気づけばはやての覗き込むような視線がこちらに向けられていた。


「……うん、大丈夫だよ」
「そーか? 流石にちょぉまいってるんやない?」


無理したらあかんで。そんな事を呟きながらよっこらしょ、とはやては立ち上がった。


「このままぼんやりしてるんもなんやし。何か温かいもんでも一緒に飲みに行く?」
「あ、それなら私もご案内ついでにご一緒するですよ」
「ありがと、リイン」


肩の上でぴょこんと跳ね上がったリインフォースⅡ。ごく最近、ヴォルケンリッターの仲間入りを果たしたばかりの彼女が彼女なりに懸命に上げた言葉にそっと優しい微笑を返す。そのまま小さなその身体を両手で包み込むと、ぼんやりとその様子を見上げるばかりのヴィータの肩に預けた。


「せやけど、フェイトちゃんと会うたんも久々やし、二人で休憩がてらお茶、したいんよ。ええやろ?」
「はやて……」
「はやてちゃん」


虚ろな眼差しで見上げるヴィータと、困惑したように二人を見比べているリインの背中で掌を上下させると、ほないこか、とはやては先に歩き始める。そのいつになく強引な背中に私は、従うしかなかった。






「……随分と、参ってるやん」


一つ下のフロアにある売店の前まで来た所でぽつりと呟いて、はやては足を止めた。


「それは、はやてたちも同じでしょ」
「そやなあ……」



半歩距離を置いたまま、私も立ち止まる。振り返ったはやての顔には、淡い苦笑いが浮んでいた。


「でも、フェイトちゃんほどやないと思う」


苦笑いの中、でも、少しも笑っていない、その瞳。


「さっきはさすがに、どないしようかなーと思たけど」
「さっき……?」
ヴィータ、泣き出しそうになったやん」


頭半分ぶん位下にある黒目がちのその瞳が、すうっと細くなる。


「フェイトちゃん、あの子殴り飛ばすんやないやろかって、一瞬本気で心配してしもた」
「まさか」


吃驚して目を見開いたら、堪忍、とその眼差しがほろ苦く緩む。


「うん。私もちょっと、動揺してもてたみたい」
「……はやて」


違う、そうじゃない。
実際、そう受け止められても仕方が無い程私は、殺気立っていた。それこそ、笑顔でも浮かべていなければ、ヴィータに対して何を言い出したか自分でも分からないくらいに。


「私が、ヴィータに対して酷い事をしたのは本当のことだし……その、ごめん」
「……フェイトちゃん?」


表情を改めたはやてを真っ直ぐには見返せなくて、窓辺に視線を移す。
傾き掛けた冬の日差しが酷く寒々しくこの目を刺してくる。その痛みを有難いとさえ思った。


多分、なのはの事は、誰も守れなかっただろう。
たとえ、自分がその場に居たとしても、きっと。
その動かない事実と痛みから私はただ、目を逸らしたかった。
彼女を守れなかった事を悔い悲しむことの出来るヴィータが、ただ、羨ましかった。
それは、なんて身勝手で、酷い考えだろう。


「フェイトちゃん」
溜息混じりに呼ばれて振り仰いだはやては、さっきよりももっと複雑な色を纏った深い笑みを浮かべていた。そっと伸ばされ頬に触れてきた手は、思ったよりも冷たくてびくりと背中が震える。


「大丈夫か?」
「……大丈夫だよ?」
「あんまり、思い詰めたらあかんよ」


動揺を隠すように零された私の言葉をあっさりと受け流すと、頬に触れた掌をぽんぽんと跳ねさせてはやては柔らかく笑む。


「さっきの、フェイトちゃんの台詞やないけど、なのはちゃんが心配するで」
「だから、私は大丈夫だって」


そうやろか、と呟いた次の瞬間。
はやての面が引き締まる。


「……フェイトちゃんのことやから、もう察しはついてると思うけど」
「……うん」
「なのはちゃん、もしかしたら、もう……」


痛ましげに伏せられた目に、私はじっと見入る。
うん、分かっている。
そして、はやてにも分かっていたんだと知る。
もうずっと、随分前から同じように。
はやても、なのはを見ていたのだから。
でも。
それでも。


「はやて」


いつに無く真剣な顔をしている親友に、私はゆっくりと、笑いかける。
はやては、面食らったように目を見開いた。


「でも、それでも、なのはは、きっと、また、飛ぶって言うと思う」


たとえば、歩けなくなるとしても。
同じようには、飛べなくなるとしても。
なのはは、きっとまた、あの空を目指す。
少しでも、その身体が動くのならば。
その力が身の内に満ちるのならば。
決して、諦めたりはしないだろう。
その手を取って歩き出した、あの日から。
少しずつ、でも確かに重ねてきた時間と記憶が私に教えてくれる。
何があっても、何が起こっても。
なのはは、その心の求めるものを、決して、手離しはしないのだと。
こんな日が来ることを、何処かで分かっていて。
私も、はやても、でも、一度もその手を引けなかった。
引きとめ繋ぎ止めることは、出来なかった。
私の心を、全てを、諦めず受け止め、救い出してくれたあの眩さで。
彼女が、何かを求め、望むというのならば。
私は、それを拒めない。
どんなにその危うさに気付いていても、分かっていても。
全て受け止め、見届けるしか、なかった。
それはきっと、この先も。
決して、変わらない。


「フェイトちゃん……」


私の頬に触れるはやての手に、緩やかに力が籠められていく。
その冷たい指先が目尻に触れ、ゆっくりと降りてゆく。
まるで、何かを拭い取ろうとするように。


「なあ……独りやないよ?」


静かな、穏かな声がゆっくりと近づき、額に、彼女のそれが触れた。


「なのはちゃんが独りで頑張るだけやないように、フェイトちゃんが独りで何もかんも抱え込むことも、ないねんよ?」
「はやて……?」
「……なんてな」


ふふ、っと小さな声を立てて、はやては笑み崩れた。


「ホンマ言うとな、私も時々怖なるねん。なのはちゃんの、強さが」


そっと額を離して透明な笑顔のまま、はやては静かに瞳を逸らす。
その先には、窓越し、夕映えにきらきらと輝く、眩い光を湛えた空がある。


「でも、それと同じ位、もしかしたらそれ以上に、なのはちゃんに憧れてるんやなあ……なのはちゃんが飛ぶ空を、その先を、何処までも見届けたいて、本気で思てる」


ただ……、と。言い掛けた口元にほんの少しほろ苦いものを滲ませる。私はその先を促さなかった。はやてもそれに気付いてか、まあええわ、と小さく呟いて首を振った。


「せやから、分け合えるもんがあるんやったら、分け合いたい。それは、なのはちゃんに対しても、それから、フェイトちゃん」


一端逸らされた眼差しが、再び私の目を射抜く。


「フェイトちゃんにも、思てること」
「私……?」
「まあ、無理にとは言わんし、私自身、抱え込んでしもてるもんもあるし……でも、」


それでも、と。
いつもの雄弁さを失ったように途切れがちなはやての言葉と、いつも以上に切なさも苦さも包み込むような穏かな笑顔に私は、次第に項垂れてゆくしかなかった。


「ごめん。……はやて、ごめん……」
「え? いややなあ、フェイトちゃんが謝らなあかんことなんて一つも無いよ?」


困ったように笑いながらはやては、頬を包み込んだ掌にそのままゆっくりと力を込めてくる。


「こういう時、言わなあかん言葉は他にあるやろ?」


その手に促されて上げた視線の先、悪戯っぽくてでも随分と大人びた、はやてらしいいつもの笑顔があって。それに釣られるように、私はようやく、笑顔を返す。


「『ありがとう』……?」
「正解や」


じんわりと熱を取り戻したはやての指先が、悪戯っぽく頬を軽く引っ張った。


「なのはちゃんが空を望むように、フェイトちゃんはなのはちゃんを望む。私は、そんな二人が舞う空を守ることを望む」


静かな笑顔に、ほんの少し滲む、苦さと痛み。
幼いかもしれない、脆い想いかもしれない。
それでも。でも。


「もっと、強くなりたい。ならなあかんと思てる」
「はやて……」


はやての胸に灯る炎はきっと、私やなのはと同じ熱を持っている。
そう信じることの出来る眼差しに、ゆっくりと頷いて見せる。
間に合わないことは、この先何度でも起こりうる。
伸ばした手が届かないことだって。
それでも、なのはは……そして私たちは、行くのだろう。
この胸の痛みと熱が、私たちを突き動かす限り。
お互いの瞳の中に良く似た眼差しを映し合いながら、見詰め合ったのは多分、ほんの数瞬。
さて、とはやては身を起こし、三歩先にある自動販売機に向き直る。


「あったかいもん飲んで、戻ろかー。多分、これから色々、大変になるやろからなー」
「……うん」


それから二人して、甘くて暖かい飲み物を買って、言葉少なに飲み干して。
眩い光が、迫る宵闇に沈み込んで行くのを窓越しに眺めながらそれでも。
空を、なのはが飛ぶべき空を。
私は……私とはやては。
遠く思い描いていたのだろう。
そうして、肩を並べて皆の待つ場所へと戻りながら。
私たちはその日。
それぞれの背に負ったものの大きさを。
それぞれが求めてやまないものの大きさを。
少しずつ少しずつ、実感し始めていたのだろう。








でも。
きっと大丈夫。
大丈夫だよ、なのは。
またいつか、必ず。
同じ空を、私たちは共に、飛ぶだろう。
空飛ぶ夢を、夢で終らせないために。


なのはが諦めないように。
私たちも、決して、諦めない。
きっと、何処までも。
いつまでも。
その空を。
その夢を。
辿り着けなくても。
力尽きる時が来ても。
多分、きっと。
何処までも。
いつまでも。








― 了 ―









今はこれが。
己の、精一杯(ヲイ)。