「海を見に行く。〜封印〜」(By.紀州さん)
先日に引続きっつーか。
なんと、紀州さんが。
己とのメッセの徒然に、書いて下さいました。
己的「海を見に行く。〜晩夏。〜」とはまたちょっと違う。
あの夏の物語、でも。
己的小話だけでは成立しなかったお話だと思いますです。
ともあれ、有難う、紀州さん。
ではでは、続きから、どぞどぞ。
銀色の波が、遠くで音も立てずに、浮き上がっては消えていく。
海に行きたいと思っていたのは、確かだけれども、私は一度でもそれを口にしただろうか。
多分、ただ遠くを、空の彼方を、凝視していただけだった。
その視線の先には、海はおろか、学園の緑すらなかった筈なのに。
いきなり、財布を掴んで、私の手を引いたのは、他の誰でもない、白薔薇のつぼみ。
制服のままだからと、戸惑う私の言葉になど、耳も傾けず、電車に飛び乗ったのは、土曜日の午後。
幾つかの電車を乗り継ぎ、辿りついた海。人影も疎らで、何か明るいものを探そうとしても、それすら隠されていないような海。故郷の輝くように煌いていた、あの海とは似ても似つかない海。
でも、これは、確かに海なのだ。
空気と音だけは、変わらない。
耳の底によみがえる、今はもういない人たちの声。
「来たかったんでしょ?」
彼女の声が、鼓膜に突き刺さる。決して、柔らかくはない。そして、穏やかでもない。
けれども、それは、多分、今の私が一番欲しかった、音そのものだった。
温かくなくていい。優しくなくていい。憐憫や同情は、もうたくさんだ。
「どうして?」
「海が見えたよ、栞の目の中に」
普段なら、気障にしか聞こえない小説の中の台詞みたいだった。なのに、目の前の、彼女の口から洩れる、その音の連なりは、不思議に私の中の荒れ狂う海を鎮めさせてくれるようだった。
「見たかったの」
私は、砂の上をゆっくりと歩き始めた。
彼女が、私の横に並ぶ。少し、眩しそうに、顔をしかめる。
その顔が、とても綺麗だという事に、その時、初めて気が付いた。
波打ち際に残った足跡が、寄せる波に洗われる。
私は、遠くを指差し、彼女に言う。
銀色の波頭が、はじける。
「競争しようか、あそこまで?」
きょとんとした表情は、一瞬だった。彼女は、服を脱ごうとし出したのだ。私は、慌てて、その服の裾を押さえる。
彼女の背中の肌に、指先が触れた。
「冗談も分からないの?」
「だって栞が冗談を言うなんて、思わなかったから」
その仕草のあまりの幼さに、私はいつの間にか、吹き出して笑っていた。
指先の熱が全身に、広がっていくのが分かる。
「じゃあ、来年の夏、また連れて来て。その時は、本気で競争しましょう」
来年なんか、きっと、永遠に来ない。
分かっていながら、滑っていく私の残酷な言葉。うっすらと熱を帯びる全身。
さようなら。
この先、必ず彼女に伝えなければならない言葉を封印した。熱は暫く、冷めそうもなかった。
終わり