己は本当の戦争を知らない。
本当の戦場を知らない。
知らぬ間に始まった争いを前に。
日常を必死で生きる生活を知らない。


だからこそ。
戦争を知る人の言葉に耳を傾けることを。
そんな人々が口にする言葉を理解することを。
己は忘れてはいけない。


己の父の父は、戦争で死にました。
終戦の年の春まだ浅い頃。
召集され乗り込んだ船が南洋で沈みました。
今、実家に残るのは祖父の遺影と。
出征前、置いていったといふ手帳と。
(食べ物に関する覚書が所々に見られるのは流石に己的祖父)
国から送られた小さな小さな勲章。
父の父の言葉を直に聞く機会は永遠に失われたままです。


己の母は、時々、空襲の夢を見たそうです。
終戦の頃ようやく物心ついた母はそれでも。
自宅近くに掘られた防空壕に押し込められ。
恐怖と戦う夢を、幼い頃良く見たそうです。
今でも時折、恐ろしい叫び声を挙げる夜があります。
夏が近づくとそれは、毎年のやうに繰り返されます。


山間の小さな村に住んでいたため。
直接、空襲に合う事は無かったけれども。
それでも、生前、母の父は繰り返し。
山の向こうが真っ赤に燃えた大空襲の日の事を。
夏の花火の季節になると語ったそうです。
同じ夏、山の向こうで大きな花火祭りが催されると。
その音と光と、空を焼く炎が。
いやでも、あの夜のことを思い出させると語ったそうです。


満州」から引き上げてきた己の父の叔母は。
その体験を語ることはありません。
引き上げの途中で命を落とした幼い弟のことを。
決して自分の口からは語りません。


戦後、自ら命を絶った己の父の母は。
戦争が始まる前、父の父が築いた財産と生活を。
戦争が奪っていったそれら全てを。
どうしても忘れることが出来なかっただけなのかもしれません。
戦争が奪った生活の全てを。
父の母はただ、心が弱かっただけなのかもしれません。
それでも。
もしも。


戦争は、戦場だけで行なわれるものではなくて。
人々の生活や日常を否応無く巻き込むもの。
当たり前だと、そういふものだと。
訳知り顔で語りながら戦争を否定しない人たちの何人が。
本当に、その戦火の下で営む自分自身の生活を。
どこまでも自分自身のものとして想像出来ているのだろう。
夏が来ると、堰を切ったやうに自分たちの戦争を語る。
遠い日、その中に身を置いていた人たちの言葉に。
耳を傾ける事を、己は忘れてはいけない。


戦争を永久に放棄するとこの国が決めた。
その意味を、心から考えることを己は。
忘れては、いけない。